とどきますか。とどきません。

おそろしいほどDDです

推しと元推しのはなし。

俗にいうDDで、くそ茶の間なわたしでも推しはいる。

元推しもいる。(芸能界引退済み)

 

思い返してみると、小学校中学年くらいから担当だったりペンだったりファンだったりと呼称は多少違えど推しがいなかった時期がないし、推しの次元も行ったり来たりしてた。

 

 

そんなわたしの現推しは、”若手俳優”界隈では、まあそこそこコンスタントに舞台のお仕事もある方で、ここ1,2年は人気な.5作品によくいる。デビューも.5だった。

現推しの存在はこの界隈のひとたちに興味を持つようになって、すぐ知ったけど、推しはじめたのは1年まだたたないレベルの新参者の中の新参者、新規の中の新規。

なんで推しはじめたかと言えば、元推しが芸能界引退して、ずんずんしとしとしていたときに見た舞台で現推しがそれはもう輝いていた。出番もセリフも少ないうえに1幕で消える。陳腐な言葉だけどそれでもいいお芝居だった。

推そうというか、この人をもっと見ていたいなという気持ちになって、元推しの芸能界引退から続いたずんずんしとしとは比較的はやくおさまった。(と思う)

 

元推しは舞台を年に1作くらいだったけど(学生だったっていうのもある)テレビ媒体の仕事は同じ事務所の同年代に比べるとそこそこあるほうだったし、わたしが元推しをはじめて見たのもドラマだった。

メディア越しブログ越しツイッター越しでも我が強いのがぴんぴん伝わってくるようなひとで、そのくせすごい繊細で、その繊細さも隠さない大雑把さもあった。元推しと仲の良い方たちすごいなと思いながらみてた。

 

現推しは新参者の私がとやかく言えるほどまだ知らないし、古参の方々に面目が立たないので控えますが、なんで元推しの次にこのひと推してるんだろうって思うくらいちがうタイプの人で、お芝居とか役へのアプローチに似たようなところがあるとかそういうわけでもない。

元推しは生産性とか求めてツイッターを140文字ぴっちり選び抜いた言葉で書くような人だったけど、現推しはボキャブラリー少ないし言いたいことをそのまま書くような人(だと思っている)。

 

 

顔も性格も身長も何もかも近いものがないふたりなのになんでびびっとしたのか。

顔もお芝居ももっと好きな人はいるのに、なんでこのふたりは推そうと思ったのか。

 

 

わたしはこのふたりの言葉がすごい好きなんだ!!!

 

 

 

言葉の吐き出し方、感情ののせ方と隠し方、抑揚のつけ方がすごい好きなんだと。

上記はお芝居の場合だけど

元推しも現推しもブログとツイッターやっていて(元推しは両方とも削除済みだし現推しはブログの更新殆どない)、言葉への向き合い方とかボキャブラリーとか違いは凄くあるけど、

出てくる言葉の重みと軽さと響き方が琴線に触れたんだという結論(持論)がでたので、すっきりしてブログはじめました。

 

正直、元推しも現推しもツイッターの使い方それどうなんだみたいに思うことは多々あったしあるけど、でも推しから吐き出される言葉があることがとてもうれしい。

 

元推しのことをだだだだだ書いたけど、彼が決めた引退の選択は悲しかったけど、引退発表のブログ記事を読んで、とても彼らしいな感じたし引退したひとに対してもうこんなに書かない。

 

引退発表にしとしとしすぎて最後にお手紙を書くのがぽっかり抜けていたことはすごく後悔しているので、現推しになにがあっても後悔しないように推していく所存。

 

 

 

 

 

 

 

 

新春から新卒社会人のだれにもとどかないブログです。